いつかパリにアパルトマンを

パリにアパルトマンを所有する!と密かに決心した私の長期計画と、ちょっと無謀な為の現実逃避など、日本に住むフランス好きのブログです。

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ピカルディー地方:アミアンをゆく~3日目・午後~

友人家族とのんびりランチを楽しんだ後は、第一次世界大戦の史跡を巡る旅、再開です!

まず向かったのは…

アミアン3日目8

La Boisselleという巨大クレーター。

フランス軍の援護に派遣されたイギリス軍がドイツ軍の前線まで地中にトンネルを掘り爆破してできたクレーターです。
こういった地下から爆破してできたクレーターのほかにも、砲弾が着弾してできた凹凸が無数広がっていました。
このクレーターとその周りの土地はRichard Dunningさんというイギリス人の個人の私有地。
毎年7月1日、朝7時30分からソンムの戦いを忘れないための式典が行われているそうです。

次に向かったのは…

アミアン3日目11

Thiepvalという村。この村にはThe Franco-British Memorialと呼ばれるモニュメントとミュージアムがありました。
ソンムの戦いで命を落としたり負傷した42万ものイギリス軍兵士のための施設です。
モニュメントには7万2千を超える行方不明のイギリス人兵士の名前が刻まれていました。
麦畑が永遠と続く牧歌的な平和な風景からは想像もつかない出来事が100年前のこの地で起きていたのですね…

さて、車に酔いやすい息子ちゃん。「これが最後だから」と向かった先は…

アミアン3日目13アミアン3日目12アミアン3日目14

Beaumont-Hamelという、現在はカナダ政府によって管理されている史跡です。
ここでは塹壕が、きれいに舗道となったものから、時間を重ね埋もれかかっているもの、畑となってしまいその上に線を引くことで当時の塹壕跡を示したものと、いろんな形でソンムの戦いの前線を体感できるようになっていました。

アミアン3日目10アミアン3日目9

無邪気に遊び、言葉は通じなくても自然と手をつなぐ子どもたちを見て、世界中の子供たちが安心して暮らせる世界が一日も早く来ることを願ってやみませんでした。

ところで、昨年あたりからフランスでもかつての戦地を訪ねる追悼観光がブームとなっているそうです。2014年はノルマンディー上陸作戦から70年、第一次世界大戦勃発から100年、という年だったからとのこと。今度フランスを訪れる際には、一足違った旅はいかがでしょうか?

さて、今日のフランス語は…

*史跡めぐりの移動中は車で友達(奥さん)と一緒だったので、頑張ってフランス語を!でも、込み入った話はやはり英語になってしまいました。

*息子ちゃんが、お友達の言葉をオウム返しで真似するように!日本に帰ってきてからも「これフランスで何?」と物を指してはフランス語でなんというのか聞いてくるので、彼に追い越されぬよう頑張りたいです…

旅行までの数か月、忙しくてアンサンブルのオンラインレッスンもままならない状態でしたが、ビデオ講座でフランス語学習環境を維持したおかげか、それほど”フランス語が出てこない!!”というストレスを感じることなく旅行をすることができました。でも、振り返ってみても、現地に赴いても「しゃべろう!」と意識しないとそれで済んでしまうもの…次の旅行時はもっと積極的に、そして友人とのちょっと込み入った話も「フランス語で」できるようこれからも学習を継続していきたいです。


最後になりましたが、先日、ブログを見てアンサンブルに入会してくださったT様、ありがとうございます♪
お互いの目標に向かって勉強、楽しみながら頑張っていきましょうね!!

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